テンヨーマジック研究所

マジックフェスティバルの歴史

マジックフェスティバルの歴史

記載の製品・出演者情報は当時のものです。

その歴史と出演者

テンヨーでは1956年から、毎年マジックフェスティバルを開催してきました。途中数回のお休みはあったものの、年1回、新製品の発表をかねてのマジックショーを行い、海外からの特別ゲストも数多くのお招きしてきました。

ショーの出演者は、プロの方はもちろん、社会人や学生のアマチュアの方々まで、多岐に渡り、その流れを見ることは、日本のマジック界の1年ごとの断面を見ることにもなります。ここに過去のフェスティバルの主要出演者をリストアップするともに、それぞれの方のプロフィールを順次ご紹介していきます。

リンクのある出演者は名前をクリックしていただくと、プロフィールをご覧いただくことができます。(2010年9月現在の情報にもとづいています)。

なお、会の名称は、第7回大会までは「アマチュア奇術大会」18回までは「手品フェスティバル」40回以降は「マジックフェスティバル」となっています。解説では、すべて「マジックフェスティバル」として統一しています。第24回から第26回の間、会場は渋谷の東横劇場でしたが、それ以外はすべて日本橋三越劇場で開催しています。

FISM(フィズム)について

プロフィール紹介では「FISM世界マジック大会」という言葉が多く出てきます。これは3年に一度開催されるマジックのオリンピックと呼ばれるもので、正式名称は「FISM ワールド・チャンピオンシップ・オブ・マジック」です。FISMでは、そのコンテストに入賞することが、多くのマジシャンの夢です。マジックフェスティバルに出演していただく方は、FISMのコンテストで受賞している方も多いため、その結果をご紹介しています。

FISMのコンテストにはいろいろな部門があり、マニピュレーション(手練)、ジェネラルマジック(一般)、イリュージョン(大仕掛けの道具)、メンタルマジック、カードマジック、クロースアップ、発明部門、などと分かれます。そしてすべての部門の中から1名がグランプリに選ばれます。また、2003年からは、ステージとクロースアップの両方からグランプリ受賞者が出ることになりました。マジックフェスティバルでは過去6名のグランプリ受賞者にご出演いただいています。

開催の歴史と出演者一覧

回数開催年場所出演者
第66回2026年三越劇場Calista(フランス) | JONIO | Noah Park(韓国) | 池田洋介 | 吉川健斗
第65回2025年三越劇場Ibuki | Juan Colas(スペイン) | 将魔 | 高重翔 | Witty Look
第64回2024年三越劇場桂川新平 | Huang Chian-Yu(台湾) | 伝々 | GABEZ | Mdoll
第63回2023年三越劇場緒川集人 | ジョージ本田 | SORA | 岩根佑樹 | SHU TAKADA
第62回2022年銀座博品館劇場高橋匠 | リアルマジシャンRYOTA | まわりみち | 望月ゆうさく | 東京手品女子
–2021年–コロナ禍のため特別番組をオンライン配信。ヘクター・マンチャ(スペイン)
–2020年–コロナ禍のため特別番組をオンライン配信。マリオ・ロペス(スペイン)
第61回2019年三越劇場トゥッティリファミリー(スペイン) | 高重翔 | MH
第60回2018年三越劇場ヤン・フリッシ(フランス) | リード・チャン(韓国)
第59回2017年三越劇場ソーマ(ハンガリー) | 緒川集人
第58回2016年三越劇場ヘクター・マンチャ(スペイン) | SORA | ふじいあきら
第57回2015年三越劇場DAIKI | LUKAS(韓国)
第56回2014年三越劇場ディオン(オランダ) | KiLa| 伝々
第55回2013年三越劇場ユ・ホジン(韓国) | 都々 | キャラメルマシーン
第54回2012年三越劇場イ・フン(韓国) | ポー・ハンファン(台湾) | 高尾晃市
第53回2011年三越劇場安田悠二 | ユ・ヒョンミン(韓国) | マイク・チャオ(台湾)
第52回2010年三越劇場ルディー・コビー(U.S.A) | ふじいあきら | ハ・ウォングン(韓国)
第51回2009年三越劇場ミルコ(アルゼンチン) | ムッシュ・ピエール
第50回2008年三越劇場島田晴夫 | Mr. マリック / 松尾昭
第49回2007年三越劇場ブリナムX(ラトビア) | アン・ハーリム(韓国) | 幸条スガヤ | MINATO | SAKURA
第48回2006年三越劇場アーサー・トレース(U.S.A.) | 渚晴彦 | マジック ナポレオンズ | カズ・カタヤマ | 神雅喜
第47回2005年三越劇場ケビン・ジェームス(U.S.A.) | RYOTA | Mr. Deep
第46回2004年三越劇場マックス・メイビン(U.S.A.) | ふじいあきら | ケン正木 | ドルフィン マジック カンパニー
第45回2003年三越劇場島田晴夫 | ブラック嶋田 | 山上兄弟
第44回2002年三越劇場セロ&ジェーン | YASUYUKI | 高尾晃市 | 松旭斎正恵
第43回2001年三越劇場カズ・カタヤマ | 松旭斎すみえ | 前田知洋 | ヒロ・サカイ
第42回2000年三越劇場ノベール・フェレ(フランス) | 峯村健二 | YUMI | 真光&ともこ
第41回1999年三越劇場ブラック嶋田 | ゆみ | レイモンド・クロウ(オーストラリア) | 北見マキ | 神雅喜 | 藤本明義
第40回1998年三越劇場Mr. マリック / 松尾昭 | ふじいあきら/元神 | 西尾舞生 | シルベスター(U.S.A.) | Dr.Zuma
第39回1997年三越劇場ヒロ・サカイ | シルベスター(U.S.A.) | マーカ・テンドー | スガヤ幸一 | ダーク広和
第38回1996年三越劇場伊藤夢葉 | 長谷和幸 | 内田貴光 | 北見伸&ステファニー
第37回1995年三越劇場シ・オ・ミ | ダーク広和 | プリンセス天功
第36回1994年三越劇場カズ・カタヤマ | ヒロ・サカイ | ダーク広和 | 松旭斎広子正恵
第35回1993年三越劇場松旭斎すみえ | シ・オ・ミ | ダーク広和 | 伊藤夢葉 | 島田晴夫&ディアナ | 内藤靖彰
第34回1992年三越劇場ヒロ・サカイ | 北見マキ | マーカ・テンドー | シルキー渚
第33回1991年三越劇場深井洋正&キミカ | サムソン(デンマーク) | ダーク広和 | 北見伸
第32回1990年三越劇場ケン正木 | マーカ・テンドー | 伊藤夢葉 | 黒木健一 | 真田豊実 | 沢浩
第31回1989年三越劇場ヒロ・サカイ | 北見マキ | ダーク広和 | マルコ・テンペスト(スイス) | 斉川豊久 | 長谷和幸 | 内藤靖彰
第30回1988年三越劇場深井洋正&キミカ | ティナ・レナート(U.S.A.) | マイク・キャベニー | 下田結花 | 北見伸
第29回1987年三越劇場Mr. マリック / 松尾昭 | 松旭斎すみえ | ジョニー広瀬&サファイア | 下田結花
第28回1986年三越劇場スコット・サービン(U.S.A.) | マジックナポレオンズ | 伊藤夢葉 | 山本勇次 | 北見伸
第27回1985年三越劇場マーカ・テンドー | ダーク広和 | ダーク大和 | フジ美幸 | 板橋義和
第26回1984年東横劇場北見マキ | マジックナポレオンズ | 下田結花 | 松旭斎八重子美江子
第25回1983年東横劇場マーカ・テンドー | マジックナポレオンズ | 花島世津子
第24回1982年東横劇場松旭斎すみえ | ダーク大和 | 引田志功 | 引田忍 | 鯉登範子 | 松旭斎広子正恵 | 松旭斎天花 | 松旭斎八重子美江子 | 松旭斎美智幸子 | 真田豊実 | 西村幸夫弘美 | 塚田晴雄
第23回1980年三越劇場松旭斎すみえ | フロタマサトシ | マジックナポレオンズ | 松尾昭 | 真田豊実 | 塚田晴雄
第22回1978年三越劇場ピーター・グロビンスキー | マジックナポレオンズ | 松旭斎小天華
第21回1977年三越劇場広田ミキ | 坂本カズマ | 小山富士夫 | 松旭斎正恵
第20回1976年三越劇場ジミー忍 | ジャンディー岸本 | 松旭斎天花 | 松浦天海 | 松尾昭 | 星野徹義
第19回1975年三越劇場松旭斎すみえ | 北見マキ | ダーク大和 | 松尾昭
第18回1974年三越劇場松浦天海
第17回1973年三越劇場小山富士夫 | 松旭斎小夜 | 松尾昭 | 村上正洋
第16回1972年三越劇場渚晴彦 | 松旭斎すみえ | マイク・スキナー | 松旭斎広子
第15回1971年三越劇場ジャック武田 | チャーリー・ミラー | 引田天功 | 桜みどり | 松旭斎天暁 | 小夜 | 松旭斎美智八重子 | 堀ジョージ
第14回1970年–劇場の都合により中止(翌年第15回を開催)。
第13回1969年三越劇場ダイ・バーノン | 引田天功 | 厚川昌男 | 松旭斎天花 | 松旭斎天洋 | 石田天海
第12回1968年三越劇場アマチュアのみ
第11回1967年三越劇場渚晴彦 | 北見マキ | 八田加寿雄
第10回1966年三越劇場アダチ龍光 | ダーク大和 | マギー信沢 | 松旭斎静洋 | 松旭斎天花 | 松旭斎天暁 | 松旭斎天雷
第9回1965年三越劇場八田加寿雄
第8回1964年三越劇場八田加寿雄
第7回1962年三越劇場引田天功 | 松旭斎天花 | 八田加寿雄
第6回1961年三越劇場島田晴夫 | 引田天功 | 松旭斎静花 | 八田加寿雄
第5回1960年三越劇場アマチュアのみ、(司会 引田天功)
第4回1959年三越劇場アマチュアのみ
第3回1958年三越劇場島田晴夫 | 引田天功
第2回1957年三越劇場伊藤晃洋 | 引田天功
第1回1956年三越劇場アマチュアのみ、(司会 アダチ龍光)

出演者プロフィール

プロフィールは2010年9月現在の情報に基づきます。

ふじいあきら

ふじいあきら

1988年のマジックフェスティバルでは、「元神」という名前で出演していただきましたが、本名は「ふじいあきら」さんです。親しみの持てるキャラクターと、超高度なテクニック、そして数え切れないほどのテレビ番組への出演によって、その後、マジシャンの枠を越えて大活躍。口の中からカードがあふれ出すオープニングは、テレビを通して日本中の人の心をつかみました。いままでに口の中からはき出した枚数はいったい何万枚になるのでしょうか?

ルディー・コビー(U.S.A)

ルディー・コビー(U.S.A)

90年代半ばに、彼自身のTVショーが作られるほど大ブレークしたアメリカのマジシャンです。その代表的な演技は4本足で舞台を歩き回るというもので、1度見た人は決して忘れないほどのインパクトがあります。その後、マジックの世界から姿を消していましたが、実は、マリリン・マンソンのステージデザイナーとして活躍していたとのこと。2009年ごろから、独自のショーをスタートさせ、マジシャンとしての活動を復活させました。2010年のフェスティバルでは、あの4本足の演技を披露していただきましたが、その素晴らしい演技にしばらく拍手が鳴り止みませんでした。

ハ・ウォングン(韓国)

ハ・ウォングン(韓国)

韓国に彗星のごとくあらわれた19才の若きマジシャン。2010年8月、釜山で行われたコンベンションでオリジナリティー賞と1位を同時受賞しました。その演技は、たくさんのTシャツを使用し、絵柄や色が変わったり、Tシャツがハンガーごと出現するなど、誰も見たことのない現象の連続で、それを見て感動したテンヨースタッフがすぐに出演を申し込み、初来日となりました。

ミルコ(アルゼンチン)

ミルコ(アルゼンチン)

世界中で活躍しているアルゼンチン出身の若手マジシャンです。2003年FISMのジェネラル部門で第3位に入賞。 マジックフェスティバルでは、FISMでの演技を披露していただきました。シャボン玉を手の上で操り、増やしたり、中から鳩を取り出したり。そしてマジックを演じながら自分自身がピエロに変身するというメルヘンチックなマジックです。最後は、飛んできた風船につかまって舞い上がる感動的なエンディングでショーをしめくくりました。

ムッシュ・ピエール

ムッシュ・ピエール

怪しげなフランス語を駆使して、爆笑のマジックを行なう謎のフランス人(?)。その実体は、大阪のマジックバーで活躍するクロースアップマジシャンで、テレビでも大活躍されています。ピエールさんのマジックは高度なテクニックに裏打ちされており、そのカードマジックはまさに驚きの連続。ステージ上にテーブルを置き、ビデオカメラでその手元を撮ってスクリーンに大写しすることにより、会場にいる全員が見えるようにしました。

島田晴夫

島田晴夫

1940年東京生まれ。中学2年のときに松旭斎天洋に弟子入りし、テンヨーの前身である天洋奇術研究所でマジックを学び、1958年の第3回マジックフェスティバルでプロ・デビューしました。両手の間に次々とビリヤードボールが出現する八つ玉の演技が有名でした。 1965年にオーストラリアに移住し、海外で腕を磨きます。その後アメリカに移住し、マジックキャッスルやラスベガスのステージに出演し、日本から誕生した世界的マジシャンとなりました。いまでこそ海外のマジシャンとの交流はあたりまえのように行われていますが、70年代前半は、そのような背景のまだない時代。アメリカのアカデミー・オブ・マジカルアーツの選考により、1972年から76年まで、5年連続でベスト・ステージ・マジシャン・オブ・ザ・イヤーに輝いた実績は、才能と努力のたまものです。エンビ服で演じるビリヤードボールや鳩のプロダクション、傘を次々ととり出す和風のアクト、そしてクライマックスに演じる「ドラゴンアクト」が代表作。

Mr. マリック / 松尾昭

Mr. マリック / 松尾昭

初めの数回、テンヨー・マジックフェスティバルに出演していただいたときはまだMr. マリックの名前ではなく、本名の松尾昭さんでした。1989年、日本テレビ木曜スペシャルに超魔術というコンセプトで登場、「きてます」という言葉とともに一世を風靡しました。 以前はテンヨーでマジックの販売に携わっていたこともあり、長いマジック活動の中からたどりついたのが、サイキック・エンターティナーという世界でした。4年に渡って続いた日本テレビの「超魔術シリーズ」は、従来のマジックの番組のようにマジシャンの演技とそれに対する拍手という画面ではなく、観客の歓声や驚きの反応をたっぷり盛り込むことにより、不思議なこと、マジックは人にウケるものというメッセージを発信し続けました。 マジックには、クロースアップ/ステージ、練習が要る/要らないなど、さまざまな分類法が存在しますが、当時のMr. マリックは、超魔術的なものと、そうでないものをより分け、見る人のエモーショナルな部分に訴えるものに特化してプログラムを組んでいました。著書「モテる超魔術」の中で「超魔術の評価は拍手ではありません。相手のリアクションです」という言葉がありますが、そこにこそMr. マリックの成功の秘密があるといえるでしょう。その後、「クリマタスミ」シリーズなど、さまざまな表現を試みながら、トップスターの座を盤石なものにしました。たゆまぬ努力と工夫に裏打ちされたその演技は、どの番組に出演しても多くの人の心をとらえ、「ミスター視聴率」と異名をとるほどです。

ブリナムX(ラトビア)

ブリナムX(ラトビア)

バルト海に面する北東ヨーロッパの国、はるかラトビアから、このフェスティバルに出演いただくためにお呼びしました。シャボン玉をハンカチの上で吹き散らすとハンカチの柄になってしまう「吹雪ハンカチ」、人の体全体をおおうシャボン玉を使いながらの衣装チェンジなど、演技全体をシャボン玉をテーマにまとめた「バブル・オペラ」を演じていただきました。

アン・ハーリム(韓国)

アン・ハーリム(韓国)

韓国から、このフェスティバルのためにお越しいただき、カードを指先で扱う驚異のテクニックで、会場中をわかせました。それはマジシャンが見ても、いったい、どれだけ練習すれば、ここまで到達することができるのだろうかと思わせる内容でした。この会に出演したあと、2008年のラスベガス・マジックセミナー、同じ年のIBM・SAM大会のコンステトで、いずれもグランプリに輝き、その技は世界を魅了しています。

幸条スガヤ

幸条スガヤ

このフェスティバルで披露していただいた演技は、1997年、ドレスデンで開催されたFISM世界マジック大会のジェネラル部門で入賞したものです。人の体の骨組みを作り、それに衣装を着せると動き出し、最後は本物の人間になってしまうのは、「人造人間」のテーマとして、さまざまなマジシャンが手がけています。そしてスガヤさんの方法は、どこで人間が入り込んだか、まったくわからない巧妙なもの。FISMの会場で、からと思われていた着物から人間の手が出て、動き出すとき、世界中から集まったマジックの専門家たちから驚きの声があがりました。

アーサー・トレース(U.S.A.)

アーサー・トレース(U.S.A.)

2006年、ストックホルムで開催されたFISM世界マジック大会のコンテストにアメリカから参加。ジャズやモダンアートといういままでにない切り口、スタイリッシュでおしゃれな演技に魅了され、テンヨーのスタッフは、その年のマジックフェスティバルに出演していただくお願いをしました。FISMマニピュレーション部門での入賞の他、IBMのゴールドメダルなど、多数の受賞歴があり、著名なマジック雑誌ジニーでも特集が組まれました。高度なテクニック、考え抜かれた手順に裏打ちされた、コンセプトへの強い思いが、独自の世界を切り開いています。

渚晴彦

渚晴彦

そのハトやカードを使ったテクニックは多くのマジシャンに影響を与えてきました。2006年のマジックフェスティバルでは、久しぶりにその華麗な演技をご覧になった方も多く、変わらぬ名人芸に多くの方が感銘を受けました。

マジック ナポレオンズ

マジック ナポレオンズ

専修大学のマジック同好会のメンバーだったお2人が結成した。ボナ植木とパルト小石の2人によるコメディ・マジックはテレビでおなじみです。デュオのコメディ・マジシャンはアメリカのペン&テラー、ドイツのユンゲ・ユンゲなどそれぞれユニークなスタイルを確立していますが、ナポレオンズも日本が誇るデュオのマジシャンです。日本での活躍だけでなく、世界中のマジックのコンベンションに出演し、1988年、オランダのハーグで開催されたFISM世界マジック大会で入賞、2000年にはFISMのゲストとしてガラショーに出演するなどインターナショナルな活躍をしています。

カズ・カタヤマ

カズ・カタヤマ

カード、ボール、シルクなど、さまざまなスライハンド・マジックを得意とするプロマジシャン。その華麗な技で、1992年、アメリカで開かれたSAMマジック大会のコンテストで優勝しています。おしゃべりマジックも得意とするほか、イラストやマンガを描かせても一流の腕前で、似顔絵も得意としています。観客に1枚のトランプを選んでもらい、その人の似顔絵を描き、その似顔絵を折りたたむと、相手の選んだトランプの名前になるマジックは、カズ・カタヤマさんだけが演じられるユニークな技です。

ケビン・ジェームス(U.S.A.)

ケビン・ジェームス(U.S.A.)

ラスベガスの「ワールド・グレイテスト・マジック」としいうショーにレギュラー出演し、度肝を抜く人体切断マジックで話題となりました。マジックの発明家としても知られており、紙で作ったバラが宙に浮き、炎とともに本物のバラの花になる「フローティング・ローズ」、スケッチブックに描いたボーリングのボールが本物になって出てくる「ボール・ア・ラマ」など、多くのプロがレパートリーに取り入れている道具を考案しました。このマジックフェスティバルでも、それらの演技に加え、ステージいっぱいに雪がまいおりる「スノー」をクライマックスとして見せていただきました。

深井洋正&キミカ

深井洋正&キミカ

カサを次々取り出すプロダクション・マジックが有名。1985年にマドリッドで開催されたFISM世界マジック大会のジェネラル部門で入賞、同じときに入賞したマーカ・テンドーさんとともに、FISMにおけるその後の日本人の活躍の道を開いたといえます。和風のアクトも洋風のアクトもこなし、各国のテレビやマジック大会に出演して、世界をまたにかけて活躍しています。別名のMr. Deep は「ミスター・フカイ」ですね。

RYOTA

RYOTA

赤いコスチュームでメガネをかけたマジシャンといえば、誰もが思い出すRYOTAさん。テレビに登場する前は、レストランなど、数多くの実戦で腕を磨いてきた実力派。テクニックに裏打ちされた広いレパートリーを誇り、時代の流れをとらえた意外性に満ちた現象で楽しませてくれます。

マックス・メイビン(U.S.A.)

マックス・メイビン(U.S.A.)

お父様が天体物理学者という超インテリのご家庭に育ち、マックスさん自身もマジックの世界の大学教授といってよいほど、マジックに対する知識は当代一。テンヨーが、あるマジックの歴史や考案者を知りたいと思ったときは、まずマックスさんに聞いてみるところから始まります。1980年代から日本をなんども訪れており、当時の若手マジシャンたちに大きな影響を与えました。中には、現在プロとして活躍している人もいらっしゃいます。インパクトのあるメーキャップで知られ、テレビでご覧になった方も多いはず。いまでこそ、メンタルマジック(観客が心に思ったものを当てたりするマジック)の大御所ですが、昔はエッグバッグもこなすマジックマニアからスタート。数多くのパケットトリック(少数枚のカードだけを使って行うマジック)の発明でも有名です。

ふじいあきら/元神

ふじいあきら/元神

1988年のマジックフェスティバルでは、「元神」という名前で出演していただきましたが、本名は「ふじいあきら」さんです。親しみの持てるキャラクターと、超高度なテクニック、そして数え切れないほどのテレビ番組への出演によって、その後、マジシャンの枠を越えて大活躍。口の中からカードがあふれ出すオープニングは、テレビを通して日本中の人の心をつかみました。いままでに口の中からはき出した枚数はいったい何万枚になるのでしょうか?

ケン正木

ケン正木

エンビ服でスマートに決めるシンブルのマジックでは、高度なテクニックを誇ります。和服で見事に決めるプロダクション・マジックでは、華麗なショーマンシップを誇ります。そして、新ジャンルを切り開いたカラオケ・マジックでは、抱腹絶倒のユーモアを誇ります。そんな多彩なレパートリーを誇るプロマジシャン、それがケン正木さんです。

ブラック嶋田

ブラック嶋田

「シルクハット」というマジックパブのオーナーで、お店でお客様を楽しませながら、一方ではテレビやディナーショーで活躍されています。「ある恋の物語」の音楽に合わせ、ソンブレロとポンチョを身につけて行うシガレットの手順は、高度なテクニックに裏付けされた抱腹絶倒のコメディマジックです。2000年にリスボンで開催されたFISM世界マジック大会に向け、日本で行われたコンテストでは、日本代表に選ばれました。

山上兄弟

山上兄弟

世界最年少イリュージョニストとして2002年ギネス世界記録に登録されました。2003年、オランダのハーグで開かれたFISM世界マジック大会のコンテストに参加、あの「ハイッ!」ポーズが、集まったマジシャンたちにも大受け。アメリカの人気マジシャン、デビッド・ウイリアムソンが、そのあとの自分のレクチャーに特別出演させるなど、会場中の人気者でした。またテンヨーは、2006年に「山上兄弟のマジカルイリュージョン」というマジックセットを発売しました。

セロ&ジェーン

セロ&ジェーン

すい星のごとく登場したマジック界のスターというイメージがありますが、若い頃から長い時間をかけて、実力を磨き、少しずつファンを獲得してきました。そんな折り、アメリカのテレビ番組でストリート・マジックが大ヒット。日本のテレビ局もその流れに注目し、セロさんの元にテレビ出演の依頼がきます。それも2時間のスペシャル。そこから、セロさんの前人未踏ともいえる挑戦が始まります。 日本語と英語をたくみに使いこなす、魅力的なキャラクターで、その後10回以上のTVスペシャルを実現させます。あのハンバーガーを取り出すマジックを初め、多くのアクトが、ユーチューブによって世界中のマジシャンの話題になりました。2007年にはアメリカのアカデミー・オブ・マジカル・アーツからマジシャン・オブ・ザ・イヤーを受賞、日本のテレビ番組がきっかけで世界に知られるようになり、いまや押しも押されもせぬ大スターとなりました。

YASUYUKI

YASUYUKI

マジック・ナポレオンズのお2人のうち、ボナ植木さんはヤスユキの本名でソロ活動もなさっています。FISM世界マジック大会のコンテストで披露した「上から見たクロースアップマジック」は、大勢の観客が見やすいようにと、なんとテーブル面を垂直にしてしまい、ご自分も頭を観客側に向くように座って演じるというもの。その状況を利用したユーモアあふれる現象で、このフェスティバルでも会場中を楽しませてくれました。

松旭斎すみえ

松旭斎すみえ

社団法人日本奇術協会前会長、最高顧問を努め、プロマジシャンとして50年を越えるキャリアをお持ちです。その間、1960年代放送の任天堂提供「マジックスクール」から、2000年代の「笑点」まで、多くのテレビ番組に出演し、女性マジシャンならではの心なごむ演技で見る人を魅了してきました。日本でFISM世界マジック大会が開かれたときは、日本のFISM会長として大役を務めました。スライハンドマジックを初め、多くのレパートリーをこなし、その人柄が演技ににじみでる、誰からも愛されるマジシャンです。 さて、マジックのBGMといえば「オリーブの首飾り」というのは定番になっていますが、これは日本だけの現象。実は、松旭斉すみえさんが、そのイメージを作りあげました。それ以前、マジックのBGMにはあまりおしゃれな曲が使われておらず、作家であり大のマジックファンでもある永六輔さんが、当時、世界的ヒットナンバーであった「オリーブの首飾り」を、すみえさんにすすめました。舞台やテレビで、すみえさんが使ったところ、その斬新な曲のイメージとすみえさんの華麗な演技があまりにもぴったりだったため、その後、多くの人が使うようになり、いまや音楽なしでパーティーマジックを演じるとき、とりあえず口ずさむ曲として定着してしまいました。

前田知洋

前田知洋

純粋にクロースアップマジックだけをレギュラーで演じるという意味で、日本初のクロースアップ・プロマジシャン。その都会的なセンスと抜群の技は、政界や経済界のトップの方々からも声がかかるほど。海外のマジシャンの間でも人気が高く、多くのコンベンションに出演しました。クロースアップマジックを演じると「こんな近くで見てもわからない!」という感嘆の声はよく聞きますが、前田さんの場合はさらに「こんなマジシャンを自分たちだけで独占して見られるなんて!」という贅沢感がともないます。地方からの出演依頼には、かなり高額な出演料に加え、グリーン席のチケットを条件にされるようですが、それもショーのときにベストの精神状態でのぞみたいという気持ちからです。お客様に「素敵なマジシャンを見た」と思ってもらうには、自分の心の中を素敵にしておく必要があるというわけです。

ヒロ・サカイ

ヒロ・サカイ

1980年代半ば、小野坂東さんが経営するマジックランドというお店に、若いマジック・ファンが多数集まり、そこから新しいマジックのスタイルが次々と生まれていきました。その人たちの演技やマジックの内容は、それまでのものとはかなり異なる斬新なものだったため、ニューウェーブと呼ばれました。当時そのニューウェーブの先陣を切っていたのがヒロ・サカイさんでした。 マジックに対する豊富な知識に裏付けされ、独特のポップなノリの演技は、新しい時代の到来を感じさせました。テンヨーのマジックコーナーでアルバイトをしていたこともありますが、1989年にプロとしてデビュー。サイキック・マジックを得意とし、多数のオリジナル・マジックを考案しています。「ソートインク」という作品は、デビッド・カパーフィールドさんがテレビ・スペシャルで演じ、Hiro Sakaiの名前がクレジット・ロールで紹介されました。イリュージョン・マジックも得意とし、B'zやMISIAのコンサートでイリュージョンの演技指導も行っています。

ノベール・フェレ(フランス)

ノベール・フェレ(フランス)

2000年7月、ポルトガルのリスボンで開催されたFISM世界マジック大会のコンテストで異彩を放ったマジシャンがいました。ビリヤードボールを使った驚異のテクニックとエスプリの効いた演出が、テンヨーのスタッフを魅了し、すぐに、その場で出演交渉を行いました。そのときのコンテストの結果は、マニピュレーション部門の第2位でした。 そして2ケ月後、フランスからマジックフェスティバルのためにお越しいただき、その演技を日本で初めて披露していただきました。その後、フェレさんは、さらに演技に磨きをかけ、2003年にハーグで開かれた次のFISMで、見事グランプリに輝きました。ステージで授賞式が行われたあと、テンヨーのスタッフがかけつけ、お祝いの握手をしたのはいうまでもありません。結果的に世界一のマジシャンを、このフェスティバルでご紹介することができたというわけです。

峯村健二

峯村健二

名古屋大学奇術研究会の出身。名古屋のUGM主催によるコンベンションのコンテストで優勝し、そのとき審査員であったリチャード・ブロックさんを驚嘆させました。その高度なオリジナリティと、驚異的なテクニックは、すでにその時点で世界をうならせる内容だったのです。そして2000年、リスボンで開催されたFISM世界マジック大会のコンテストに参加、マニピュレーション部門の第1位という、日本人として初めての栄誉を獲得しました。バーテンダー・マジックという、ユニークな切り口、テクニックとギミックの絶妙なコンビネーションによる不思議さは、いままで誰も見たことのないものでした。それ以降、世界中のマジック・コンベンションにひっぱりだこです。また2006年に開催されたハーグのFISM大会では、別のアクトで挑戦し、再度の入賞を果たしました。

ゆみ

ゆみ

アマチュア・マジシャンのゆみさんは2000年にドレスデンで開かれたFISM世界大会のコンテスト、ジェネラル部門での入賞を果たしました。花の精となって演じる可憐な手順は、ポエムそのもの。その比類のない演技に、それ以降、さまざまな国のマジックコンベンションやテレビでひっぱりだこ。これまで、10カ国以上からの招待を受け、半導体エンジニアという本業のかたわら、マジックで国際親善を果たしています。

レイモンド・クロウ(オーストラリア)

レイモンド・クロウ(オーストラリア)

オーストラリアのマジシャン。1997年「ワールド・グレイテスト・マジック」という世界のトップクラスのマジシャンだけが出演するTV番組にも出演。ビリヤードボールのアクトが有名です。テンヨーがこの年、マジックフェスティバルに招待、持ち芸のビリヤードボールのアクトに加え、最後にハンドシャドウ・アクト(影絵)を披露していだきました。影絵でさまざまな動物たちの親子を描いていき、最後に本人オリジナルの「赤ちゃんと母親」を作る影絵物語は、感動を呼びました。

北見マキ

北見マキ

日本のプロマジシャンが集まって結成する社団法人日本奇術協会の名誉役員です。歯切れのよいアクト、長い舞台生活から生み出される熟練された演技は、いつでも観客の心をつかみます。エンビ服にシルクハットというスタイルから、羽織袴の和風マジック、そしてクロースアップマジックまで、幅広いレパートリーをこなします。「異人たちの夏」「スリ」といった映画のマジック指導を初め、少年ジャンプ連載の「マジックスクエア」のマジック指導など、多彩な活躍をしています。

神雅喜

神雅喜

劇団での活動から始まり、パントマイムの習得、そしてマジックへと、その芸の幅を広げていったパフォーマーです。パントマイムとマジックを組み合わせたマジシャンには、ビト・ルポさんなどが有名ですが、多くの場合、顔をまっ白に塗ってピエロのかっこうで演じます。つまり、マジシャンがパントマイムの役者を演じているのです。それに対し、神雅喜さんはパントマイムの役者がマジシャンを演じているといってもよく、素顔でエンビ服を着ての演技というところが対照的。このマジックフェスティバルでは、ご自身のアクトを演じていただくのはもちろん、他の出演者の幕間をつなぐための小アクトを工夫していただくなど、貴重な役割をお願いしました。

西尾舞生

西尾舞生

この当時、小学生の天才マジシャンとしてテレビでも活躍していました。見る人が思わず応援したくなってしまう可愛らしいマジックを演じていました。当時、マリックさんといっしょにも、活躍されていました。

シルベスター(U.S.A.)

シルベスター(U.S.A.)

カートゥーン(アニメ漫画)のハチャメチャな世界を現実に見せてしまうというコンセプトのマジックで有名。目玉が飛び出したり、爆弾で首がふっとんだりと、その奇想天外な内容はユニークそのもの。このマジックフェスティバルに招待したとき、別の日程でレクチャーを行っていただきました。そのとき披露してくれた「シルベスター・ピッチ」というコインの消失テクニックは驚嘆もの。「独創的とは何か」という問の答が「シルベスター」といってよいでしょう。

マーカ・テンドー

マーカ・テンドー

長身で甘いマスク。かりにルックスこそマジシャンの最重要要素とするなら、マーカ・テンドーさんはその最右翼。とはいっても、マジックの腕も超一流です。モダンでパワフルなその演技は世界を魅了し、1985年のFISM世界マジック大会のコンテストでマニピュレーション部門第2位、その後、世界中のコンベンションから招待の声がかかりました。そして、1992年にはモナコ・マジック大会でグランプリを獲得しました。クロースアップマジックも得意とし、前田知洋さんの登場よりもはるか以前に、カードマジックの技だけでテレビの番組が作られたほどです。2009年5月に若くして逝去、その年7月に北京で開催されたFISMでは追悼の言葉が送られました。

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